Tsukemenpapaのブログ

アラフォー別居婚男性の頭の中

起きたら4時台の翌日

おそようございます。

5月の末から、気温がとても高くなりました。

ケチケチ否、現実的かつ堅実なYCUは、平時ならば6月の第一週から冷房スイッチに切り替わるのに、今年はテレワーク者が多いためか、学生がいないためか、冷房スイッチが入りませんでした。

3番目の研究室が暑いのなんのって、3種類の冷凍庫があるので確かに室温は高くなるのは分かる。水銀温度計で30℃超えでしたから、凍結切片はまったく作れず、大事な腰髄を何個もダメにして、イライラしています。合掌です。

試料を慎重に椎体と切り離す際に、「余りにも暑くて開けた窓から入ってきた、でっかいスズメバチ」が実体鏡下の視界に入り、その後接眼したので、とてもびっくりしました。大きなリアクションを取ったら、両手にピンセットを持っていることを忘れて、ぶちっと、千切れてしまいました。克明に「一例だけ分離作業の際にサンプルを切ってしまった」とexcuse throughlyします。

新たな生活様式、こんなに虫が入ってくる換気は厄介です。さすがに第二週になっても暑いので、これ以上は我慢の限界、に達しました。エネルギーセンターに相談して、見てもらいましたら、なんと室内の冷房直下の冷風が30℃!
外気と冷気を混ぜる?閉じる?弁がぶっ壊れていたそうです。これから修理してもらえれば良いのですが、他にも至る所でガタがきているでしょうから、この夏は適正室温にはならないのでしょう。

これだけ暑いと、ダイエットに成功しても実験もうまく行かないので、試しに染色したところで、試料はズタズタでした。

2か月ぶりに大学で鉢合わせた本妻に「一緒に帰ろう」って言ったらすごく嫌そうに一緒に帰りました。

あーあ、やっぱり留年だな、金の切れ目が縁の切れ目だよな、

と思って、英作文に打ち込むモチベーションが上がらずに、

別冊Newtonで手に入れた死とは何か、精神の病気、について考えて日々過ごしています。

考えている、というよりはちらっと眺めるだけなので、大して知識の定着はないです。

 

 本妻に、収入も学位もないために、相手にされないので、「おれの事は死んだと思って生命保険をかけてください」と何度もメールをしたら、「はいはいまたそうやって脅すのね」と嫌われましたが、実際に何回か「死のう」と思ったこと
「死にそう」と思ったことがあったので、思い返してみました。

 

死のう:と思ったことは、ほとんどなくて、3回です。

 2浪のセンター試験前、実家から程近くの高井〇温泉、今年も落ちたらもう人生終わりだな、と思って、今では禁止されている水風呂の潜水を、いつもより長くやりました。苦しくてプハーっと酸素をいっぱい吸い、またドライサウナに行きました。

 

 初期研修医を休み始めたころ、たまたま、土曜日で家族は全員出かけて、実家の親父とお袋を「持てるだけ酒とつまみを買ってこい」と呼びつけました。嫌いな芋焼酎を浴びるように飲んで、ちょっと、ベランダに出て、下に流れる〇津川を眺めて、ふわっとした気分になりました。気持ち悪かったです。I can flyという言葉は嫌いです。

 

 新型コロナが流行し始める頃、医局のうざいヤツに実験していること自体を小ばかにされて、頭にきて、ただ、ネズミも結構な数殺めてきた、ことを実験報告書に書いて認識しました。こんなにやって意味があるのだろうか、と20時頃に作ったpH校正前の4%PFAを飲もうかなって思いましたが、苦しむ姿もすぐに想像できたので止めました。

 

死にそうになったことは、沢山あります。

 通塾中、トラックに轢かれそうになところを「ちゃの止まれ!」、と担任だった上野先生がたまたま歩いていて助かりました。

 中2の時はバイクに轢かれ、左足を捻りました。一瞬止まったのがよかったと思いました。

 高2の夏の最後の部内試合では、シングルスで激戦が続き、熱中症で頭痛でした。部長が決勝戦を開催日未定延期にしてくれたので、助かりました。

 大学3年の秋リーグで、1日目の最後に両足が攣って、うずにおんぶしてもらって横浜に帰りました。記憶がないです。

 その冬にノロで具合が悪く、当時は仲が良かった本妻が点滴セットを持ってきてくれました。ルートは取れてたと思うけど、急に気持ち悪くなって迷走神経反射を起こして、失神して、床に倒れて鼻血を出しました。鼻が高すぎたようです。

 6年の頃、環状2号線中央分離帯に激突しそうになってスレスレ直進したことがあります。16号と357号に分かれるところです。

 

 初期研修を休んで2年目の春、この頃はあらゆる神経活動が過活動気味で、夜、

眼を閉じても脈拍が減らなくて、くるりの「ばらの花」をiphone3Sで聴いていました。

ある時、ばらの花のビートがゆっくりになったと感じたら、脈もすごくゆっくりと落ちていく感じがして、胸に激痛が走りました。直後に胸がドキドキして、舌のジスキネジアが出て、舌の不随意運動で顎が外れるような恐怖を覚えて、さらに胸がドキドキした覚えがあります。今思えば、悪性症候群ごっこでした。セロトニン症候群ごっこかもしれません。

 本妻に「これ飴だから飲んでみ」と、でっかいセロクエルを飲まされた直後に激しめの全身固縮、しかも風呂に入っていたから、溺れながら除脳のように固縮した。溺れた後の事は、覚えていない。これが、1年と3か月前のこと。

 その後は、人体実験だ、と割り切って覚えきれないほどの薬物漬け。1年以上経ってから悪性症候群みたいなことって、起きるんだって思った。正直なところ、自己治癒力、レジリエンスが高まりかけていたんだと思う。その高まりが、ドーパミン過剰だったと思う。

 ただ、本妻のため子どものため、生に異常に執着をしたので、

臨死状態:心停止や呼吸停止から回復した方が経験する、非常に特殊な意識障害

主に恍惚感が漂うそうです。私は、とても苦しかった記憶しかないので、ただの意識障害に留まり、中脳あたりで堪えたのだと思う。

 大脳皮質まで信号が行ったら、除皮質。5層あたりの大型の錐体細胞がぶっ壊れてしまうはず。

 ですから、これからは、この、身体の伝達物質と向き合います。基本的にはドラッグフリーなので、アルコールの量を徐々に増やします。また、前のように過剰摂取になると、脱抑制で、犯罪です。そのためにも、しっかりと運動をして、基礎代謝を維持して、ある程度の量のアルコールを摂取可能な体力を維持します。

 ただ、少量のアルコールでは大脳辺縁系が抑制されません。血中濃度では、0.04-0.09%を維持したいです。p値のようなものですね。

。。。

ちなみにですが、ぱっと見、有意差がある状態、というのは総数で4倍程度です。4月から5月にかけて白いツツジと赤いツツジを数えて、実験しました。

世の中には恐ろしいことに、ピンクのツツジがあります。3群比較となると、一筋縄では行きません。また統計学教室の先生に質問をしないといけません。

。。。

 私はドーパミン作動神経が、多分沢山あるのでしょう。急に、overworkして、臨死体験をしたとしたら、大脳皮質が損傷します。

 脳が損傷を始めたら、膠:ミクログリアの出番です。私の研究分野です。

ですから、損傷しないように、ドーパミンをコントロールするのも大事ですが、損傷してからも、活躍できると思います。毎日意味不明な事を言っても、それはミクログリアが頑張っている証拠です。

 毎日が、科学革命です。名前に、形容詞が3つも入っている、珍人類学者としてデビューするのは、いつになるでしょうか。浅くて広くて大きい。なんだかアンビバレンスを字で地でいっています。

BMIは23程度がベストです。ちょいぽちゃです。素数だし、ちょうどいいです。

 

開成の英語の先生が亡くなったことを知った日に、偶然書いたテーマ。

松中先輩も、共感してくれると信じたい。

3198文字 ツケメンパパ 拝